大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所松江支部 平成8年(ネ)16号 判決 1998年4月24日

島根県出雲市令市町一四三三番地

控訴人

学校法人星野学園

右代表者理事

星野實

右訴訟代理人弁護士

浅田憲三

東京都品川区西五反田八丁目八番二〇号

被控訴人

株式会社ダーバン

右代表者代表取締役

水野俊朗

右訴訟代理人弁護士

山本忠雄

池田崇志

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴人の当審で拡張した請求を棄却する。

三  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  申立て

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、金五一七五万円及びこれに対する平成六年四月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(控訴人は、当審において、従前、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成六年四月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員としていた一部請求額を、右のとおり拡張した。)

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行宣言

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  事案の概要

一  本件の経緯

1  以下の事実は当事者間に争いがない。

控訴人は、発明の名称を「衿腰に切替えのある衿」とする特許権(昭和四一年一月一五日出願、昭和四七年一一月七日出願公告、昭和四八年五月二四日設定登録、特許番号第六九〇八六八号。以下「本件特許権」という。)を、その存続期間が満了した昭和六一年一月一五日まで有していた。

本件特許権の特許請求の範囲(以下「本件特許請求の範囲」という。)は、原判決別紙(一)及び附属図面記載のとおりである。

2  控訴人は、次のとおり主張し、本件訴訟に及んだ。

<1> 本件特許権は物の発明に関するものであり、作図法の如何を問わず、衿腰に切替えのある衿において、衿の寝かせ角が肩上の衿の断面図から算出される一定の角度に一致するものは全てその技術的範囲に属する。

<2> 被控訴人は、その展開図が原判決別紙(二)の各図面記載のようになる衿腰に切替えのある衿(以下「イ号製品」という。)を具えた紳士服を、遅くとも昭和五九年三月一日から昭和六一年一月一五日までの間、業として製造販売した。

<3> イ号製品は右<1>の要件を具備するから、被控訴人は右<2>の期間、控訴人に対して実施料を支払うべきであった。しかし、被控訴人はこれを支払わず、イ号製品を金二〇〇億円分製造販売し、三パーセントの実施料相当額金六億円を法律上の原因なく利得し、控訴人はこれにより同額の損失を被った。

<4> よって、控訴人は被控訴人に対し、不当利得返還請求権に基づき、不当利得金六億円の内金五一七五万円及びこれに対する訴状訂正申立書送達の日の翌日である平成六年四月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

3  これに対し、被控訴人は、次のとおり反論した。

<1> 本件特許権は、本件特許請求の範囲に記載された作図方法(以下「本件作図法」という。)によって得られる衿腰に切替えのある衿の発明に対して与えられたものであるから、本件作図法によることが必須の要件である。

<2> 被控訴人は、衿腰に切替えのある衿を具えた紳士服を製造販売してはいるが、本件作図法を一切用いていない。したがって、被控訴人が控訴人の特許権を侵害しているはずはない。

二  争点

1  本件作図法によることが、本件特許権の構成要件か。

2  被控訴人は、本件特許権を侵害したか。

第三  当裁判所の判断

一(争点1)本件作図法によることが、本件特許権の構成要件かについて

1  控訴人は、次のとおり主張する。

<1>  本件特許権は物の発明に関するものであり、作図法の如何を問わず、衿腰に切替えのある衿において、衿の寝かせ角が肩上の衿の断面図から算出される一定の角度に一致するものは全てその技術的範囲に属する。

<2>  本件作図法は本件特許権の衿の寝かせ角を説明するものに過ぎず、本件作図法によることは本件特許権の構成要件ではない。

2  これに対し、被控訴人は、本件特許権は、本件作図法によって得られる衿腰に切替えのある衿の発明に対して与えられたものであるから、本件作図法によることが構成要件であり、本件特許権は、この作図法によって得られるものに限定されていると反論する。

3  そこで判断するに、証人星野任思の証言によれば、本件特許権の出願の際に発明者が創作した衿腰に切替えのある衿(以下「本件創作衿」という。)は、衿幅の寝かせ角が三〇度前後であって、人間の頸部にフィットするものであり、発明者は、その衿自体が従来にない発明であると考えていたことが認められる。そして、同証言によれば、本件創作衿の発明者は、本件創作衿につき、作図方法にとらわれず、衿幅の寝かせ角が一定の算出角度になる衿腰に切替えのある衿の全てについて特許権をとろうと考えていたことが認められる。

しかしながら、特許権というものは、発明者の頭の中にあること全てについて与えられるものではなく、特許請求の範囲として記載された技術的思想に対して与えられるものである。特許権の対象は、発明者が何を考えていたかを考察して決定されるのではなく、特許請求の範囲の記載の解釈によって決定されるものである。

そこで、本件特許権の対象を特定する本件特許請求の範囲の記載をみるに、同記載においては、まず、本件作図法の説明がなされ、本件作図法「により得られる衿腰に切替えのある衿」として、本件作図法によるべきことが明記されていることは当事者間に争いがない。

本件特許権の「発明の詳細な説明」にも、その冒頭で、「本発明は弧度の性質を利用した衿腰に切替えのある衿に関するもので、従来の感覚的な工程にたよるしか方法のなかった衿の構成法を作図によって完成させようとするものである。」と述べたうえで、作図方法について詳細な説明がなされている(甲二)。

とすれば、本件作図法によることは、「衿腰に切替えのある衿」を限定する本件特許権の構成要件であると解する他はない。

4  したがって、本件特許権は本件作図法によって得られるものに限定されるから、控訴人の右主張は理由がない。

二(争点2)被控訴人は、本件特許権を侵害したかについて

控訴人は、被控訴人が、衿の寝かせ角が肩上の衿の断面図から算出される一定の角度であって、人間の頸部にフィットする衿腰に切替えのある衿を具えた紳士服を業として製造販売して、本件特許権を侵害したと主張する。

そこで判断するに、被控訴人が、昭和五九年三月一日から昭和六一年一月一五日までの間、衿腰に切替えのある衿を具えた紳士服を業として製造販売したことは当事者間に争いがない。

しかし、前記認定のとおり、本件特許権は本件作図法によることを構成要件とするものであるところ、本件全証拠によっても、被控訴人が衿腰に切替えのある衿を具えた紳士服を業として製造販売した際に、本件作図法を用いたと認めるに足りない。したがって、控訴人の右主張は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

三 以上により、控訴人の請求を棄却した原判決は正当であって本件控訴は理由がなく、控訴人の当審で拡張した請求も理由がないから、これらをいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

(平成九年一二月一九日口頭弁論終結)

(裁判官 石田裕一 裁判官 水谷美穂子 裁判長裁判官林泰民は退官のため署名押印することができない。 裁判官 石田裕一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例